時不知でいこう

東京23区東部住まい。妻と2歳男子の3人家族。あ、インコもいました。 一口馬主(競馬)の話を中心に、日々の出来事、思った事を背伸びせずそのままに綴ります。

軟庭なんて

今週のお題「部活動」

 

投稿3つ目ですが、早速今週のお題というものに挑戦してみようと思います。

 

部活動といえば皆さん色々なスポーツや文系、理系の部活を思い浮かべるでしょう。中には帰宅部なんて人もいますかね(笑)。

私の場合は軟式テニスです。ソフトテニス部、拘りのあるところは軟式庭球部、略して軟庭(なんてい)なんて言い方もします。ダジャレじゃありませんよ!

私は軟式テニス部に中学、※高専と約8年に渡り所属していました。

高等専門学校の略。高校と短大が合わさったような学校で、機械や電気、生産・情報システムといった工学分野を5年間専門的に学べるところ。

中学の頃は、顧問の先生が他の部活と掛け持ちをしていた上に、あまり真剣に教えてもらえなかったので、ほぼ我流で毎日練習をしていました。

そもそも中学で数ある部活動の中から何故軟式テニス部に入ったのかを今更考えてみたのですが、テニスコートが目立って綺麗だったからという何とも力の抜けてしまう理由だったような気がしてきました(笑)。この話はかれこれ20年も前のことになりますが、当時の都内公立学校施設にしては珍しく、背の高い堅牢な金網に囲まれ、垢抜けてシャレオツなオムニ(砂入りの人工芝)コートだったので「これはテニスをしなきゃもったいない!」と思ったのです。

他にも、小学生の頃からクラブで続けていたサッカー部が「サッカー部を作るとJリーグ人気で男子全員がサッカー部に入って、他の部が壊滅状態になる」(なるわけねーだろ!)との噂が先生達に流れて中学校にはなかったとか、バスケは友達から「動きがロボット(笑)」と言われてから本気でできないネタのスポーツになってしまったとか、様々な理由はあるのですが、恐らくそんな見た目の雰囲気から選択肢として残ったのが軟式テニス部だったのでしょう。

それでも実際入部してからは軟式テニスの想像以上の楽しさに魅せられ、仲間にも恵まれ、また自分の性格にもとても合っていたようで長く続けることができたのは本当に良かったと思います。中学、高専共に部長を任されたのも後の人生で少しは役に立っているかもしれません。

ただいかんせん、中学校の時は我流で正直あまり上手くなかったと思います。団体戦で都大会には進みましたが、他校の人達のレベルが高くて全く歯が立たなかったのを覚えています。

特に小さい頃、若い頃というのは自分のやる気ももちろん大切なのですが、それと同じくらい傍で教える側に熱意と経験を持った人がいることも重要なのだと、この後高専に入ってから知る自分なのでした。

話は次回に続きます。